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		<title>川口貴弘</title>
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		<description>川口貴弘の役者道 MSG-MACINTOSH-SUPPORT/2nd</description>
		<language>ja</language>
		<managingEditor>info@msg-macintosh-support.com</managingEditor>
                <copyright>Copyright 2010</copyright>
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		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 19:30:44 +0900</pubDate>
		<ttl>60</ttl>
		
		
		
		
		<item>
			<title>祭りだ！</title>
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                        <description><![CDATA[ しかし祭りは楽しい！あの熱気と音にどうしても僕の血は騒ぎだす。<br />
「よっしゃ〜！！！どんどん攻めますか！！！いける所までいこう！！！」<br />
と燃えだすからエネルギーが出て出てしょうがない。気持ちいいんだぁ。<br />
それに皆それぞれで、それぞれに、イイ顔してるんだよね。受け入れ顔というか。<br />
酒と熱気と食い物に酔いしれて、みんな酔ってる。恐い顔の男子もなんかイイ。笑　<br />
祭りというのは人間にとって、なくてはならないコミュニケーションツールだよ。<br />
みんないつもより行こうとするあの感じ。過ぎるっていうか、越えるっていうか。<br />
祭りに向かいみんないのちを燃やしている雰囲気。神様もよろこんでるでしょう！<br />
「そうですそうですたっぷりもやしなさい。あなたはもえたいのです」<br />
なんていいながら踊ってるでしょう。歓喜！歓喜！！歓喜！！！とかね。とかよ。<br />
なんだってイイ。目の前のことに対していのちを燃やせば、喜びがある。<br />
小さくても大きくても、そこには祭りがあるから楽しめる。<br />
酔ってしまえ〜燃やして酔ってしまえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 19:30:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>儚い</title>
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                        <description><![CDATA[ 時は無常に無常に存在している。<br />
元々目には見えない存在なんであろうが、我々には目に見えている。<br />
目に見える故に儚い。<br />
０、１０、２０、３０、４０、５０、６０、７０、８０年と表すと何とも儚い。<br />
目に見える事と言うのはとても束の間であり、とても有限的だ。<br />
目に見えなければ無限を感じ、救われる事も沢山あるはずだ。<br />
ただ、生きる事は有限であり、目に見える喜びもまた、沢山あるのが事実だ。<br />
何事もバランスとはとても大切なことであり、崩すと崩れる恐いものでもある。<br />
だからこそ僕は、目に見えない存在にも目を向けたいと思う。そのバランスだ。<br />
見えるものしか信じられないのは悲し過ぎる。崩れてしまう。<br />
死にゆく人だって魂はなくならない。それが先祖の絶対的存在。生きているんだ。<br />
死んだら形として目には見えないが、確実に在る。そう思い接し話したいんだ。<br />
命は永遠に燃え続けるだろう。しかし形が欲しい。目に写し続けたいその命。<br />
形をもつ儚い人生で、色々な事を目にし、感じ、老いて、無になっていく。<br />
永遠だけど有限。何とも形容しがたい悲哀の情がこみ上げる。目の前は儚い。<br />
だからこそ僕は、儚さの中に、永遠の命を感じたいんだ。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Thu, 05 Aug 2010 01:22:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>共犯関係</title>
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                        <description><![CDATA[ 自分の一生の中で、未来への青写真を想像させ、決起し共犯関係をもてる相手とは<br />
なかなかいないと思う。この世の中には沢山の人々が溢れ、沢山の人々との出会い<br />
があり、様々である。仕事の仲間、昔からの仲間、遊び仲間、学べる仲間などなど<br />
アリガタイ事に僕も、必然として巡り会えた友人、知人はなかなかいらっしゃる。<br />
ただその全ての人と共犯関係になれるかと言うと、なかなか難しいものだ。<br />
考え方や価値観が同じだから、色々学べるから、良い仕事ができるから、<br />
等々の諸条件付きでは、共犯関係はなし得ないと僕は思っている。<br />
勿論共犯とは言わず、共同と言う意味での成立は多々あるとは思うけど、<br />
共犯となると共に死んでいく覚悟と言うか、強い血の臭いを感じてしまう。<br />
家族的と言うか。言い換えれば無条件と言うか。条件は必要ないんだ。<br />
成り立つか、成り立たないかは知ったこっちゃない。ただ共に歩む喜びがある。<br />
信頼というものではなく、覚悟と言う喜びがそこにはあるのだと思う。<br />
ただ、無条件に生きると言う事は非常に難しい。矛盾があっての人間界だから。<br />
人間界は成り立つかどうかの条件が必要でそれが悪いとも思わないし、必要な事で<br />
僕も役者として成立させなければならない。闘い交渉し成立させなければならん。<br />
だからこそ共犯者が必要なんだ。世の中は条件だらけで、戦国時代だってそうだ。<br />
条件と闘うには無条件の結束が必要だ。強い戦国大名には無条件の家来がいる。<br />
大将に無条件に惚れ、覚悟し、共に死んでいく仲間が。何とも快感な生き様。<br />
一人では何も出来ない。無条件でつき合える人、それはとてつもなく美しい。<br />
僕は生きてる間に、共犯者の多い自分で在りたいんだ。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Sun, 18 Jul 2010 16:22:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>こころのこえ</title>
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                        <description><![CDATA[ 生きていると本当に色々な流れがある。<br />
調子の良い時、悪い時、結局どちらも必要な流れではあるのだけれど、<br />
人間で在るべき業として、不安や恐れ自己嫌悪など、自分を否定する感情が<br />
現われる。僕は、私は、大したことないんじゃないか？人間として低いのか？<br />
あの時のあの行動は間違っていたのではないか？自分らしいのか？<br />
このままで果たして、人生を全うする事が出来るのであろうか？などなど様々だ。<br />
だが思う、自分に対してプライドと言うか、責任感がない。全く失礼な話である。<br />
何かと比較して自分を否定している訳だから、心はたまったもんじゃない。<br />
だから最高のパートナーであり、敵である自分の「こころ」に聞いてみるべきだ。<br />
「では何がしたい？」「どうしたい？」「何をすべきだ？」となる。<br />
「じゃあ悩みたい！」という答えにはならないのだ。まぁそれはそれでありだが。<br />
何かしらしたいこと、すべき事が必ずあって、心はそれを知っているのだ。<br />
何であれ「こころ」が欲するすべき事、したい事を、ただただ素直に、<br />
ただただ夢中にすれば良いだけなんだ。それぐらい自由でいたいし、「こころ」を<br />
遊ばせてやりたい。結局「こころ」の赴くままに身体を動かしてやる事が最善だ。<br />
その覚悟によって「こころ」は味方してくれるのであろうと僕は思う。<br />
勿論一生つき合うであろう敵役の「こころ」もまた大切な存在であり、<br />
受け入れるべきパートナーとして、認めておつき合いするべきなんだと思う。<br />
「こころのこえ」は絶対的に信頼すべきだ！と、「こころ」が言っているんだ。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Thu, 01 Jul 2010 02:36:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>おじいさま</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/41</link>
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                        <description><![CDATA[ ７６歳になる人生の大先輩がいる。目はギラギラしていて、背筋は伸び、<br />
腹からの声には強い言霊を感じ、知恵と知識とユーモア、酒をよく飲みよく話し、<br />
常に闘う修行僧のようなオーラを持つ、凛凛としたおじいさま。命が燃えている。<br />
こちらも燃やさなければ間違いなく弾かれてしまう。疲れさえ感じる。<br />
しかし、とても敬服してしまう。７６歳だ。大抵は弱る。それが人一倍元気。<br />
今まで一緒に飲む度に、色々なメッセージを頂いている。何気ない会話の中に、<br />
無数の教え、教養が沢山潜んでいる。勿論怒られたり、ダメだしもされるが、<br />
全くその通りで、何も返す言葉がなかったりもする。だが悔しいよりも嬉しい。<br />
そのおじいさまが、ある日こんな事を言った。<br />
「何をするにも無理をしなさい。限界をつくったら終しまいだよ」<br />
何て言葉なんだ。この方はまだまだやる気だ。まだまだ命を燃やそうとしている。<br />
日本の教育に憂いていたおじいさま。このままじゃ日本は弱くなる。<br />
だから真剣に教育する。命をかけて教える。大変貴重な知恵だと強く感じる。<br />
僕の責任として、人間としての責任として、僕は継承し実践していかなければ<br />
意味がないし、生きる事の意義や嬉しさを伝える為にも、自分もやらなければ。<br />
どんどん無理をして生きるっ　安直な生き様なんてまっぴらごめんだ！<br />
どんどん自分の限界を延ばし、自分が７６歳の時には、おじいさまを超えてたい。<br />
いや、超えてないと意味がない。もっともっと命を燃やし、もっともっと凛凛と。<br />
僕よりも早く消えてしまうおじいさま。後、何回会えるのだろう。<br />
でも限界はない。限界をつくったら終しまいだ。ねぇ？おじいさん。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 02:33:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>人生は映画だ。</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/40</link>
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                        <description><![CDATA[ それにしても、人と人との出会いとはドラマであり、人生は映画である。<br />
人との出会いで人生のシナリオが面白くなり、ドラマチックになっていくのだと、<br />
最近は切実に感じている３３歳の１シーンである。<br />
北海道の田舎から「１９歳の旅立ち〜冬〜」と言う事で、東京に舞台を移した。<br />
監督、主演、演出、脚本は勿論川口貴弘ではあるが、、、。<br />
今年の１２月で「東京在住１４年の僕」となるに辺り思うことが、<br />
たかが１４年でも色々なドラマが作られたということ。心のフィルムを見返すと、<br />
本当に沢山の、色々な個性を持った人間というか、役者に会ってきた。<br />
監督は僕であるから、勿論、キャスティング、ストーリー、演出はするが、<br />
自分だけの力では到底及ばないストーリーになっているのがとても不思議だし、<br />
人生はドラマチックであるイコール、映画なのだと強く思い始めている。<br />
その事実を踏まえて思う事は、やはり主演である自分自身を磨くことに尽きる。<br />
その人間を知るには、その人間の周りを見る事が１番だとある方に言われた。<br />
周りのキャストがその主演の価値、映画の価値を決めている。<br />
勿論、お金や地位は、手に入れるというシナリオ構想ではあるが、<br />
お金や地位と言う価値ではなくて、あくまでも人間性という価値が重点だ。<br />
僕は勿論欲はあるが、１側面として、廉恥心のある人間は素敵だなぁと思い、<br />
見渡せばその様なキャストに囲まれている。豪華なキャストになってきた。<br />
もっともっと主演としてやらなければいけない事を当たり前にやろう。<br />
人生は映画だ。質の高いものにするのも、低いものにするのも主演次第だ。<br />
人生は映画だ。主演次第でキャストが決まり、ストーリーが変わる。<br />
人生は映画だ。最高のラストシーンに向けて「今」という１シーンを生きたい。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Sat, 22 May 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>走るという本能</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/39</link>
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                        <description><![CDATA[ 「走る」という単純な運動は色々な事を感じさせてくれるし、感覚を研ぎすます。<br />
体系維持やダイエットにも有効だろうし、イコール精神的な充足感も得られる。<br />
僕は今、走ってる自分が馬にでもなったかの様な感覚で走るのがお好みだ。<br />
あの優雅なリズムを身体に刻みながら走るのがとても心地良い。<br />
タカタッ タカタッ タカタッ って慣らしてくと、息の乱れも少なく馬感覚になる。<br />
そのうち走りながら耳に触れてく風の音がやけに気になったり、<br />
信号の明かりがやけにキレイに鮮明に見えたり、<br />
木々やその場所の臭いが随分と感じれたり、身体の疲れた部分、身体の熱さなど、<br />
とても鋭敏になっていくのが分かる。たかが走り、されど走り。<br />
だから子供がよく走ってしまうのは、本能なんだろう。動物の本能なんだよ。<br />
人間だって立派な動物だから、走らなきゃ勿体ないというか走りたい筈だ。<br />
今走ってる人達が多いと言う事は、時代を反映してるんだろうなぁとも思う。<br />
混沌とした世の中と人間。機械化は必要だが、人までもが機械化していく。<br />
お腹いっぱいのライオンは、近くに獲物がいても襲うことなどない。命のルール。<br />
足るを知っている。だからこそ走りたい。走って満たそうじゃないですかっ<br />
身体が走れば精神も走る。そしたら世の中だってもっと走るんだ。<br />
走れ〜人間！走るという本能が、人間の命を再び燃やすと信じてる。 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Sat, 15 May 2010 02:14:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>為に負をたちきる！</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/38</link>
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                        <description><![CDATA[ 負。このような出来事は良く起こりうる。<br />
何をもって負とするかは難しいが、マイナスの要素をはらんだ出来事としよう。<br />
しかし、為にならない事をなさる方ががなかなかいらっしゃる。<br />
なぜ相手の為にならない言い方だったり、無神経な行動だったりを自ら起こす<br />
のか、僕には理解できない時がある。<br />
お互い尊重し合える空気感というか、距離感というのは必ず存在する。<br />
自分が絶対正しいだとか、貴方が悪いだとか、無神経に冗談じゃない。<br />
自分の事が１番かわいいのは皆同じだ。当たり前だと思ってる。<br />
ただ、自分を愛する事が他人を愛する事に繋がらなかったら、<br />
起こるのは、高慢傲慢の負のエネルギー以外の何ものでもない。<br />
究極の所、必要な要素ではあるが、果てまでいかなきゃ為にならない。<br />
最終的にはだ。陰と陽ということで。<br />
マイナスがなければ、プラスがプラスとして存在しない事は分かる。<br />
ただ自分としての、人間としてのプラスの美意識が必ず存在するはずだ。<br />
皆が健やかな気持ちや空間になれたなら、我々人間はもっと強くなれる。<br />
１人じゃ生きて生けないことになってるんだから、もっと為になる事をしたい。<br />
負に負で返したらマイナスしか創られない。世に起こる様々な負のエネルギーを<br />
プラスに変えるしかない。その中でどれだけ自分の為にできるか。分かれ道だ。<br />
僕は負にならない為にも、為になる為にも、負はたちきる！ ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Sat, 08 May 2010 02:06:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>日本人じゃい！</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/37</link>
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                        <description><![CDATA[ 僕は日本人になれて、とても良かったとずっと思ってる。<br />
他国の人間にコンプレックスを感じた事は、１度も、１ミリもない。と言いたい。<br />
勿論世界中の人々とコミュニケーションしたわけではないから<br />
良くは知らないんだけど、知ったとしても変わる事などないと確信している。<br />
我が国日本の歴史を隅々まで知らないが、僅かな知識でも日本を誇りに思えるし、<br />
ゆっくりとだが歴史に触れていくと、ますます好きになれるこの風土。日本。<br />
アジアの独立は日本があってこそだと何かで読んだ。<br />
巨大な欧米諸国に果敢に立ち向かい、小さくとも誇りと愛国心があれば闘えると、<br />
身をもって知らしめてきた。大きい小さいじゃない。<br />
我が国、我が日本人を愛し、信じ、全力で闘うのみなんだ。<br />
何回倒れようとも、何回でも立ち上がってやる！！！<br />
絶対屈しないぞ、日本人の尊厳を何としても守る。１個人ではない。１国だ。<br />
広い思想、広い視野で見なければ、、、、狭いものにしかならない。<br />
自分だけが良ければイイなどという狭い考えでは、日本がどんどんダメになる。<br />
一人一人が果敢に立ち向かえば必ず闘える。決して戦うのではない。闘うんだ。<br />
小さいながらも我々は、誇り高き日本人じゃい！！！　礼。笑 ]]></description>
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			<category>default</category>
			<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 23:50:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
		<item>
			<title>手帳</title>
			<link>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/35</link>
			<comments>http://www.msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/entry/35#comm</comments>
                        <description><![CDATA[ 遂に４月に入ったよ。<br />
この時期にくるといつも思うんだけど、桜のピンクがやけに心を刺激する。<br />
あんなに優しいピンクなのに、闘争心や覚悟が生まれるのは何故なんだろう。<br />
２００３年から、かかさず手帳を書いてきた。１日１日の出来事、心情を、<br />
簡単だけど記してきた。７年前の今日、６年前の今日と、軽く振り返られるのが<br />
とても貴重だし、「今」の自分の在り方に対して、色々と考えさせられる。<br />
あの出会いが、、経験が、、あの時のあの人が、今はいない。。。<br />
手帳を見ると、その時の自分の考えや振る舞いが少し甦る。。。<br />
まだまだだけど、それなりに考え、それなりに辛いこともあり、その全てが<br />
今の自分に繋がっている。だから後悔なんてあり得ない。否定なんかできない。<br />
今迄に携わった人達、与えられ、選択してきた経験。どれも貴重だ。<br />
人はいずれ必ず死ぬ。だからこそ振り返った時に、<br />
『何て貴重で有意義な時間だったんだろう。』<br />
『あの時のあの出会い、あの人、あの経験。』<br />
その為にも人間を大きく愛せる人間で在りたい。２度とないこの人生。あの人。。<br />
一体何冊で僕の歴史は終わるのだろう。<br />
僕は僕の存在の為に、手帳と言う名の歴史を記し続けよう。 ]]></description>
			<guid isPermaLink="false">35@http://msg-macintosh-support.com/2nd/takahiro/blog/</guid>
			<category>default</category>
			<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 00:54:00 +0900</pubDate>
		</item>
		
		
		
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